トランキーロな日常

世の中の出来事、事件事故や芸能人のホットな話題のトレンドを独断の切り口で書いていきます。

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ドーハの悲劇の年に生まれた原川がリオ五輪を決めた!!劇的ロスタイムに「ドーハの歓喜」に!!

   

1993年ドーハの悲劇

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中東有数の都市でカタール半島の
東側に位置するカタール最大の都市ドーハ。

この地で1993年日本サッカー界の夢を
引き裂かれた悲劇が起った。

対戦相手はイラク。アメリカW杯に
出場のかかった試合で、誰もが勝っただろうと
思った試合で、ロスタイムに
同点弾を浴び、初のW杯出場を逃してしまった。

これがドーハの悲劇で、レジェンドKAZUが
W杯出場がないのもこの一戦で負けたからと言っても
過言ではない。

そして、この1993年に生まれた
大半の人数で構成しているのが
今回リオ五輪を出場決定させたこの手倉森ジャパンだ!!

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谷間の世代と言われた日々

U-17、U-20のW杯を
逃してしまっていた
この谷間の世代と言われたU-23。

そして今回の準決勝の相手は
3連敗中でアジアナンバーワンの実力の
イラクだった。

ことごとく世界進出の壁となってきた
イラクだったために今回も・・・
と心配されたが

リオ五輪出場を劇的なロスタイムで
決定させたのが原川選手だった。

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原川力プロフィール

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生年月日: 1993年8月18日
出身地: 山口県山口市
身長: 175cm
体重: 72kg
所属チーム: 川崎フロンターレ
ポジション: MF
利き足: 右足

ジュニアユーズのレオーネ山口でサッカーを始め
チームメイトには幼馴染で
女子サッカー日本代表にもなった
田中陽子さんがいる。

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地元の同級生ではU-23代表の
久保裕也選手とも幼馴染で
リオ五輪が決まった試合で
幼馴染2人が得点し勝ったこととなる。

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U-15から代表に選ばれた活躍。
2011年に京都サンガFCに入団し
翌年トップチームへ昇格。

2014年に出場機会を得るために愛媛FCへ
期限付きの移籍をしプロ初得点を上げる。

2016年からは川崎フロンターレに完全移籍する。

2014年始動した手倉森ジャパン。
オマーンで行われたU-22アジアカップ2013に
招集された原川選手は3試合に出場し

初陣となったイラン戦で手倉森ジャパンとしての
初ゴールを決めた。

そして今回の準決勝で劇的な
ロスタイム五輪出場を決めたゴールを
利き足ではない、左足で決めて見せた。

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手倉森ジャパンとしてのチーム

どうしても勝てなかったこの世代を
手倉森監督は全員の力でもぎ取って見せた。

今回のオリンピック予選では
日程がきつかった為に
選手の入れ替えて試合をこなしていかないと
乗り切れない日程であった。

しかし、レギュラーで戦うという
ことではなく、全員で戦う集団を
作ってきた監督は

初戦から先発を6人、10人、8人、4人と
変えて戦い、9人で12得点を上げるという
「大和魂。魂の塊」の集団のを作って見せた。

個々の力ではなく、誰が出場しても
遜色ないチームを作り
塊で勝つサッカーを作り上げて
新しい日本代表の形をみせた。

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「ドーハの悲劇」から23年。
23歳になった「ドーハの歓喜」の面々。

歴史を変えた世代が
決勝の韓国にも勝ち、リオ五輪での
活躍も期待したいと思います。

     
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