トランキーロな日常

世の中の出来事、事件事故や芸能人のホットな話題のトレンドを独断の切り口で書いていきます。

*

”10ヵ月の野球ブランク”がありながらプロ入り 姫野優也の魅力

   

惚れ惚れするような素材

himeno3

日本ハムドラフト8位ルーキー姫野優也選手は、大阪出身の18歳。
大阪偕星学園高校初の夏の甲子園出場に大きく貢献し、
「投手兼1番センター」としてホームランを放つなど、大活躍しました。

プロでは野手で挑戦する姫野選手ですが、
高校通算本塁打は26本、投手としても最速142kmを記録し、
まさに「エースで4番」の活躍ぶり。
元プロ野球選手でもある恩師 山本監督が惚れ込む一級品の素材なのです。

山本監督曰く、入学してきた姫野選手の広背筋の
強さ・軟らかさをパッと見て「モノが違う」と感じたそうです。
大谷選手も柔らかさで有名ですが
水泳選手にその特徴が多く、
姫野選手も水泳を習っていました。

himeno5

そして、実際にその予感は的中しました。
ある日の練習で遠投の記録を取った時のこと、
姫野選手が投じた球は最高130mを地点に到達したのです。
この距離を遠投できる選手はプロでもそうそういません。

小学校では水泳でジュニアオリンピックに出場するなど、
元々持って生まれた良質な筋肉が、
姫野選手の高いパフォーマンスの裏付けと言えます。

姫野選手のドラフト指名順位は8位とはいえ、
一級品の素材にプロの技術を身に着ければ、
ソフトバンクの柳田選手のように
トリプルスリーを狙える選手になるかもしれません。

私もテレビの中継で姫野選手を始めてみたとき、
短く持ったバットでスタンドまで飛ばしたスイングに
身体能力の高さを感じたものです。
大阪偕星学園/姫野優也

スポンサーリンク

退学、出場停止を乗り越え、夢の舞台へ

himeno1

しかし、念願のプロ入りを果たした姫野選手ですが、
実は高校時代は満足に練習できておらず、
紆余曲折の末に辿り着いたプロ入りだったのです。

中学時代は硬式野球チームの強豪 オール枚方ボーイズの
エースとして活躍した姫野選手。

高校は、こちらも奈良の名門である天理高校に入学しました。
しかし、将来を嘱望された姫野選手でしたが、
競争の激しいチームに「馴染めない」という理由で
1年夏に退学してしまいました。
当然、野球を続けることもできません。

退学後は真夏の工事現場でアルバイトをしていましたが、
1年秋に大阪偕星学園高校に編入で入学し、野球部にも入部します。
前述の通り、高いパフォーマンスを発揮できた姫野選手でしたが、
高校野球の規定で1年間は公式戦の出場が認められず、
実践経験を積めませんでした。

しかも、部内規範を破ったことが原因で2年4月~9月の間は
練習にすら来なくなってしまったのです。
※姫野選手は後々「この5か月間があればもっと技術も磨けていた」と、悔いています。

himeno4

「もう一度姫野と野球がしたい」という部員の思いもあり、
姫野選手は高校2年生の秋からやっと本腰を入れて
野球に取り組めるようになったのです。

スポンサーリンク

”実質高校2年生”ながら、驚異の成長力

天理を退学しバイトをしていた期間と練習に来なかった5か月を足すと、
約10ヵ月ものブランクがありましたが、姫野選手はメキメキ上達します。

そして、全国でも随一の激戦区と言われる夏の大阪大会準々決勝では
ホームランを放って前年の王者 大阪桐蔭高校を破り、
甲子園の土を踏むことができました。

himeno2

甲子園でも打率.333 ホームラン1本と活躍し、プロへの扉まで開きました。
驚くべきは、夏の時点で姫野選手は同学年の球児と比べて
10か月も練習・実戦の経験がなく、実質的に「高校二年生」であることです。

時間的なビハインドを負っていたにも関わらずあれだけの活躍ですから、
プロのスカウトが注目しない訳がありません。

高校時代の中退・練習不参加など素行を懸念され、
ドラフトの順位は8位での指名になってしまいました。

しかし、指名した日本ハムは、かつてやんちゃ坊主だった
ダルビッシュ投手や中田翔選手にプロ意識を植え付け、
一流選手に育て上げた「名門更生球団」です。

姫野選手は素材が良いだけに、育成力に定評のある
球団に入団できたのは幸運だったかもしれません。
今後の成長に期待です!

     
スポンサーリンク