トランキーロな日常

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謎に包まれた”昭和の怪物” 江川卓引退の真相とは!?

      2016/06/14

キャスター・解説者として活躍する江川卓

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江川卓さんは福島県出身の元プロ野球選手。
現在は日本テレビで解説や
スポーツニュースのキャスターを務めており、
お茶の間でもお馴染みの存在ですね。

1987年に引退しているので、20代以下の世代で
リアルタイムで江川さんのプレーを見た方は
いないと思いますが、現役当時を知るファンからは
監督など現場復帰を望む声も多く出ています。

ドラフト入団時の「空白の一日」で
付き纏ってしまったダーティーなイメージが
現場復帰を難しくしているのかもしれませんが、
選手としては各ステージで
伝説的な記録を残した「昭和の怪物」です。

【動画】空白の一日


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数々の伝説を残した江川卓の現役時代

栃木県の作新学院でプレーした高校時代は、
公式戦のノーヒットノーラン9回、完全試合2回、
選抜甲子園大会における通算奪三振記録など、
高校生離れしたピッチングを披露します。

法政大学に進学後も1年春からエースとして活躍し、
法大の4連覇に貢献しました。
現ソフトバンクの和田毅投手に抜かれましたが、
それまではリーグの通算奪三振(443個)の
記録保持者でもありました。

江川卓のありえない怪物時代

プロ入り後も1年目こそ9勝10敗に終わりますが、
以後8年連続で二けた勝利を記録します。
特に1981年は沢村賞、シーズンMVP,、最多勝、
最多奪三振、最優秀防御率などタイトルを総なめにし、
84年のオールスターではパリーグの強力打線を
相手に8者連続奪三振の離れ業をやってのけます。

江川卓のありえない全力投球 伝説のオールスター八者連続三振(石毛へのカーブがエグい)1984年

近年、これだけの伝説に匹敵する選手は、
楽天優勝時に24勝無敗を記録した絶対エース
田中将大投手くらいしか見当たりません。。
まさに「昭和の怪物」と呼ぶのにふさわしいレジェンドです。

小早川のサヨナラ打で引退を決意した江川卓

しかし、そんな江川さんの現役生活は
1987年を最後に幕を閉じます。
1984年頃から肩の調子が良くなかった江川さんが
久しぶりに絶好調の状態で挑んだ広島戦で、
小早川毅彦選手にサヨナラホームランを被弾したのです。

この時、選手としての限界を感じ、
32歳の若さで引退を表明しました。
因みに、この年も江川さんは13勝を挙げて
日本シリーズにも登板しており、
実力的にはまだまだ活躍できたと思われます。

しかし、江川さんの中で納得行かないものがあったそうで、
江川さんらしく余力を残しての引退でした。
現役9年間で通算135勝、すなわち
年平均で15勝というとんでもない記録を残した
「太く短い」現役生活でした。

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引退の真相は闇の中・・・

ところで、
「小早川選手に打たれたサヨナラホームランが
江川さんの引退理由」というのが一般的な見解ですが、
果たして本当にそうだったのでしょうか?

というのも、調子を落としていたとはいえ、
13勝を挙げた年に32歳の若さで引退するほどの選手を
未だかつて聞いたことがなく、どうしても
「何か別の理由があるのでは?」と探ってみたくなるからです。

実は、江川さんの引退理由には

「87年日本シリーズで王監督が江川さんではなく
2年目の桑田を第1戦に先発させたから」
「株・不動産投資など野球以外で楽して稼ぐ手段が見つかったから」
「活躍できるうちに惜しまれながら引退し、タレントの仕事を貰うため」
「トレード相手だった、小林繁さんの勝利数を抜かないように」

など様々な説が飛び交っており、どれが真相かは闇の中です。
しかし、「自分より格下のバッターには明らかに手を抜く」など、
江川さんがかなり計算高い頭脳の持ち主であることは
前々から知られており、自身のダーティーなイメージの払しょく、
引退後の数十年を見据えての引退だったのだと思います。

     
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